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2015年3月

2015年3月29日 (日)

仙台は足場だったのだ

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「ホテル モンテエルマーナ 仙台」

3月27日から3泊押さえていました。

まだ新しくてカードキーもらったら ほったらかしてくれるので

居心地よかったですnote

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トラピックスの格安ツアー利用したのですな

チケットは二人分取ったのでツインです。

それでも まっとうな旅費よりは安く上がりましたなairplane

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ビジホの浴室は狭いので苦手なんですが・・・

同じ階に大浴場があったのは便利でよかったですspa

さてさて 不案内な仙台の街 夕食はどこさ行くべrestaurant

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「伊達な仙台炉端 強次朗」

3月27日

とりま検索して ほっつき歩いた

お刺身は3種盛りいただく三陸の魚は うめ~note

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爆弾みたいなカキフライは暴力的なのだrock

ほぼお腹いっぱいになっちまったビールが旨いbeer

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曲がりネギ注文したら

「うちの野菜は量が多いので、もう1品どうぞ」てんで

しいたけ焼いていただきました バターだけで十分美味しいnote

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曲がりネギ

真っ黒の炭になったのを目の前で皮をむいて

パツンパツンって一口大にカットして下さいます

甘いよ~うまいよ~ 仙台ええとこやheart

かくして 仙台の1日目は無事に消化できたのであるshine

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翌日おいらは盛岡へ行くのだ

ホテルの目の前が広瀬通りなわけで

バスターミナルも迷子にならない距離なのだbus

3月28日はワカメツアーで「渚亭 たろう庵」さんでした(記事はココClick)

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3月29日

岩手から帰って来て ひとっぷろ浴びてから

仙台のネッ友さんと飲みに行きませぅじゃまいか

「三角油揚げ」名物に旨いものありなんだな

外はカリカリで なかみはジューシー んまいぉheart

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セリのおひたし

日本人でよかった~ってか東北大好きheart

こういう名物教えてくれるネッ友さんに感謝だぬ

お店のご夫婦から東日本大震災のお話お聞きして

店は無事だったけどガスが通らないなか

電気コンロで営業されていたそうです。

「来て下さることが嬉しいのです」←この言葉

田老でも いっぱいお聞きしました ありがとうnote

ネッ友さんとは翌週に明石でお花見したのでしたcherryblossom

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3月30日

ホテルの朝食はバイキングでございます

コンニャク玉めっちゃ大好きcatface

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仙台駅おっきぃ~駅前も整備されてて綺麗でした。

いつもは

仙台空港からレンタカー借りて湯旅に出るので

今回はぢめて仙台の駅前を楽しみました。

迷子にならなかった「ひとり旅」

おうちに帰ったらクタクタだったけんど

いっぱい食べたし いっぱい学んだ~note

お逢いした皆さまに大感謝heart

行ってよかったと思いますairplane

2015年3月28日 (土)

渚亭 たろう庵

ネパリ・バザーロさん主催の「わかめツアー」に参加してきました。

Nepali Bazaro Ltd.

Nepali Bazaro Ltd. (facebook)

わかめツアー

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ワカメ作業は、ネットから下ろされたのを

引っこ抜いてサバク係りの人

それを13㎏に計る人

袋詰めして折コンに入れる人の連携プレーです。

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津波被害の象徴として残されることになった「田老ホテル」

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正面に見える製氷機に黄色い印があるのです。

その黄色い印の一番下が、昭和大津波が来た高さ。

二番目が明治大津波が来た高さ。

一番上が今回の津波で来た高さです。

小堀内では、39メートル以上でした。

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田老の町は「津波太郎」と呼ばれるように、明治・昭和と津波に襲われました

昭和津波後に造られたのが、この防潮堤です。

防潮堤、断面が台形になっていて、海に向かって、船のへさきの形をしています。

つまり、津波を防がない。津波を左右に受け流すように出来ています

右手に見える粉砕されたのが、その後で造られた波に垂直に造った防潮堤です。

左にポツポツと並ぶのが、昭和津波で亡くなられた方々の墓標なのです。

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渚亭 たろう庵さんは

高台にあるので もう津波は平気ですね

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渚亭 たろう庵さんは まだ工事中なのですオープンは6月10日

わかめツアーのために特別泊めていただけたのです(嬉)

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お部屋は和洋室になっていて全客室に露天風呂が付いています

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お部屋からの眺めは最高です

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洗面所も広くジャグジー&シャワールーム、そして露天風呂と続きます

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ジャグジーにはお湯をはりましたが(シャワールームをあたためるために)

まだジャグジーにならない工事中のため入ることはなかったですsweat02

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露天風呂からの眺めは最高ですよぉ~日の出も見れますsun

ただ残念なことに温泉ではありません

しかし、それ以上の物が、ここにはあります。

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こんな景色もnote

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震災で小さくなってしまった田老の町です。

ロビーで田老ホテル6Fから津波の来る様子を撮った映像を見せて頂きました

マスコミ非公開映像であり、「この場所に来て見て頂きたいとい」う動画です。

まさに海が襲ってくるその瞬間を捉えた恐ろしく高い波は忘れられません。

たろう庵さんのお母様が昭和津波・チリ津波そして3.11を語って下さいました

津波は怖い、それでも海が好きだとおっしゃる言葉が印象に残りました。

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フルーツもたくさん

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お大根とブタの角煮美味しかったです

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わたしはローストビーフいただきました

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アワビやわらかくて美味しかった~note

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カニも食べたのんcancer

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お寿司も、お刺身も美味しかった~note ウニも食べたんだわw

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立食パーティーも自己紹介で盛り上がり楽しい夜を過ごしましたheart

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翌日は折コン組み立てる軽作業のお手伝いをいたしました

(指が映っちゃつてゴメンなんしょ)

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休憩時間に塩サイダーとケーキの差し入れいただきましたnote

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作業終了後に新設中のワカメ工場に移動してワカメのシャブシャブいただきました

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日本一の田老の真崎ワカメですが…
購入される場合は、直接田老町漁協から購入してください。
アマゾンなどで購入すると田老漁協の売り上げになりません。
日本一の真崎ワカメを購入される時は…ぜひ、こちらからご購入ください。

真崎わかめ

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私はゴマポン酢で食べたのですが ほんま美味いですnote

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帰路「なあど」でお土産買って宅配してもらいました

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ここにも震災の傷跡が残っています

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浸水量は5m。ラインが表示されています。

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わかめツアー参加者全員で記念撮影です(私を探しても無駄ですw)

渚亭 たろう庵

最後に友人のツアー説明をお読み下ると嬉しいです。

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「ネパリ・バザーロ勝手にアンバサダー」&「田老町漁協勝手にアンバサダー」の友岡です。
今私たちのバスは、閉伊川(へいいがわ)に沿って106号線を盛岡から宮古まで向かってます。
「一桁」ないし「二桁国道」と「三桁国道」の違いって、ご存知ですか?
両方とも、国道は国道なんですが、完成した後に違いが出るんです。
一桁、二桁は、出来てからの管理も国ですが、三桁国道は県の管理になるんです。
だから、作ってるのは、国だけど、いわば、県道なんです。
だから、なかなか管理の予算が回らない。
今、この106号を秋田から盛岡まで直結の46号と一つにして国の管理にしてもらって、46号と直結しようという運動が地元で行われています。
三陸は、よくリアス式海岸と言われるけれども、実はリアス式海岸というのは大きく二つに分かれているんです。
実は、まさに今、私たちが走っている、閉伊川の北と南では全く違うんです。
石巻の牡鹿半島から宮古の閉伊川の南側までは、4億年前に隆起して削られ続け、そして沈降した典型的なリアス式海岸。
北側は2億年前に隆起したんです。
だから、南側に比べて侵食が少ない。
おそらく、今後2億年ぐらいかけたら、南側と同じようなリアス式海岸になるのかな。
ともかく、そのため南側は川の所にできた平野部が大きい。
陸前高田は、端から端が見えないほど平野部が広いですね。
気仙沼も大船渡も鋭くV字型に切れ込んでいるが、大きな平野部がある。
それに対して宮古から北側は、侵食の時間が短いので平野部が小さく、港も小さい。
皆さんが向かわれる田老は、まさに宮古から最初の港、
この北側の平野部の、小さな湾、小さな港になります。
田老は「田老漁協」ではなく「田老町漁協」…この「町」にこだわりがある。
ご存知のように、田老町は既に存在しません。
平成の大合併で宮古と一緒になったので、宮古市田老なんですけど、田老町漁協は「町」を外さずに、『田老町漁港』にした。
宮古になる時、漁協合併の話が持ち上がったが、拒否して自分のところでやっていくと…「田老町漁協」のまま残したんです。
さて、田老漁協の特徴なんですが、「日本で一番、鮭の遡上が多い」のは田老町漁協管内。
アワビに関しては田老町漁協が日本で二番目の収穫。
一番は同じ宮古市内にある重茂(おもえ)漁協。
実はアワビは凄くお金になる。
アワビは年間に3日~5日間しか獲らない。口開けっていうんですが。
なぜか…乱獲を防ぐためにです。
この3~5日間で、とれる人は、百万、二百万円になる。
だから、例えば、高齢になって、ずっと働けないとか、障がいでとか、
いろんな都合で、ずっと年中、夜明け前からずっと働くことができなくても、
短期間で、そこそこの収入になる。
だから、漁民にとって、アワビが採れたら、多様な漁労生活が可能になります。
アワビが獲れていたら大丈夫なんですけど、アワビは稚貝を放流するため、震災の影響で稚貝を放流できなかった、また設備が壊滅したため、数が激減している。
去年、田老町漁港では稚貝放流施設を再建しました。
今後、4~5年後に収穫ができるようになることが期待されます。
長崎俵物(ながさきたわらもの)という言葉が中学校の教科書に載ってましたよね。
江戸時代にドンドン金とか銀とかが外国に流出していく。 このままでは日本から金・銀が無くなっていく… 危機感を募らせた徳川幕府が金・銀の流出を禁止したんです。
その代りに、長崎俵物を中国やヨーロッパに輸出していった。
この長崎俵物の一番は「アワビ」。干しアワビです。
二番はフカヒレ。
三番は乾燥ナマコ。
この長崎俵物が金銀に代わって、日本の外貨を獲得したんです。
特に三陸沿岸で獲れたアワビ、フカヒレが長崎俵物になった。
実は、三陸沿岸は日本を救ってきた地域であるということを覚えておいて欲しいんです。
それから、もう一つ、三陸は日本の社会に、大きな貢献をしています。
江戸時代の終わりに三閉伊一揆(さんへいいいっき)というのがあった。
野田、宮古、大槌辺りの三地域の、お百姓さん達が、大規模な一揆を起こした。
「小さい」に「〇(まる)」という字を旗にした…「小〇」…「こまる」という意味です。
一度目は失敗して、一揆の中心者が惨殺された。 二度目は成功して、南部藩の屋台骨を揺るがしていき、徳川幕府二百数十年の威信と秩序に大きなダメージを与えた。
世間では、明治維新は吉田松陰や坂本龍馬などが生みの親のようにいうが… 実は、この三閉伊一揆の主役である農民達が明治維新の生みの親であったという歴史もあるのです。むしろ、幕府の秩序に与えた影響は、より大きかった。
三陸というのは、そういうところなんです。
さて、「田老」の話をします。
田老というのは「津波太郎」とも呼ばれていて、何度も大きな津波の被害に遭った地域です。貞観の大津波から、江戸時代にも複数回、壊滅しています。
近代では明治三陸大津波。
「三陸」という言葉は、この大津波の時にできた言葉で、それから広く使われだした。
この明治三陸大津波で田老は1867名が死亡(一番多くの死者数)。
二番目は昭和三陸大津波で911名(田老地区)の死者(同じく一番多くの死者数)を出しました。
何とかしなければ…ということで、二人の方が中心となって皆が立ち上がった。
一人が関口松太郎さん、当時の田老町の町長。
関口さんは色々考える。
当時、県の議会とかは、「田老満州移転論」。田老の住民は全員満州に行けというのです。
関口さんは、現地再建することを決める(それが良いのか悪いのか分からないところもあるが…)。
漁師さん達に、土盛りをすることで働いてもらい(生計を立ててもらう)、土盛りによる、断面が台形型の防波堤を築き上げる。
海からの高さが10.4m。
地上からだと5~6mの高さになろうか…
なだらかなスロープのある土盛りをしてコンクリートで覆った。
昭和9年~33年までかかって(昭和12年に関口松太郎さんは亡くなります)完成する。
ちなみに、45号線ができたのが、昭和44年。 それまでは縦向きの道路がなかった。
田老にしても三陸沿岸地域も交通アクセスは船だった。
なので、関口松太郎さんのご遺体は船に乗せられて宮古の葬祭場に行った。
それだけ聴くと、田老は「陸の孤島」だと思われるが、実は海の十字路だったんです。
田老には熊野神社が三つある。紀州の熊野神社です。紀州漁師が日本の漁を教えたと言われていますが、海路を通じて最先端の紀州漁師と、田老は豊な交流があったのです。
「陸の孤島」との偏見は、後の時代、東京を中心とした道路網、鉄道網というものが、「作り上げた不便」なのです。実は非常に豊かな地域であった。
だから田老には外から誘致していた企業が一つもない。
漁業を中心にやってきた町。
そして、昭和33年に、「万里の長城」と言われる堤防が完成した。
この田老の防潮堤は、船のへさきの形をして、津波を左右にわけ、長内川と田老川に受け流していくという、とても上手に知恵を絞って作られた防潮堤なんです。当時は、妨浪堤と呼ばれました。
波を防ぐのではなく、波の勢力を弱める、そして受け流す。
この、最初にみんなで作った防潮堤は今回の津波でビクともしなかったんです。
でも、破壊されなかったが、波が高かったことにより、この防潮堤を乗り越えてしまった。 防潮堤が高すぎて、波が全く見えなかった、というマイナス面がありました。
さて、それからチリ地震が起こります。この大船渡や女川は数十人の死者をだしました。田老は大丈夫であったが、他の沿岸地域が津波の被害に遭ったんです。
このことで、日本中が公共工事として堤防を作り出す。ちょうど、高度経済成長、公共投資バンバンやれ!の時代です。
問題は、この日本中に出来た堤防の形は、田老に最初に出来た堤防と似て非なるものであったということです。逆らう遮閉型の防潮堤です。断面が台形、丘ではなく、壁です。
受け流す形ではなく、波に逆らい遮へいする形です。これが田老の前の防波堤の海側に、まるで海に挑むかのゆおに、この波に逆らう遮閉型の防潮堤ができた。
そして、今回の津波では、これが完全に粉砕されてしまった。
このことにより、どうなったか?
二期工事で作った防潮堤を木端微塵に破壊し、関口町長の作った防潮堤を乗り越えた波が、引き波となって返ってくるのですが、受け流しの防潮堤は、そのままありますから、それを越えることができなくなってしまったため、水溜りのような形になり、ぷかぷかと瓦礫が貯まり、じっちゃん、ばあちゃんが助かった。屋根に上って助かったという人がたくさんいます。
ところが、田老の浜の東の部分、野原、青砂里と言われるの辺りは、木端微塵に破壊された二期工事の防潮堤しかなくて、それが亡くなったものだから、引き波により全て海に流されてしまったんです。そのため、行方不明者の7割がこの野原、青砂里の方々なんです。
そして、関口町長が考えたことが、もう一つあります、津波は抗うものではなく、受け流すこと。 しかし、乗り越えてくる津波もあるだろう。
そのことを想定して町の道路を、真っ直ぐに整備したんです。 町のどこからでも5~10分あれば高台に逃げれるようにした。広い道路が山にぶつかるところから、山を登る道を作った。
再建時に町民から二割の土地を寄付してもらい、道幅を広げて碁盤の目にしました。
このような防災に強い町づくりをしたんですが… なぜこのような考えに至ったのか?
この直前に大きな災難があった。何か考えてみてください。
関東大震災です。
関東大震災の復興事業は内務大臣の後藤新平によって「帝都復興計画」を進めたんですが、予算の都合とか、また軍事国家体制がどんどん出来ていくなかで、復興予算が削られ、上手くいかなかった。
関口村長は、この帝都復興計画で図面を描いた東京の技官二人を引っ張ってきた。
で、田老でこの二人に図面を引かせたんです。
後藤新平が果たせなかった東京の都市計画を田老で実現したんです。
さて、関口町長の盟友に田老町漁協の初代組合長・山本徳太郎さんという方がいた。
山本さんは貧しくて小学校にも行けなかった。
しかし、独学で経理や設計、工学なども勉強して二十代で田老町漁協の組合長になる(当時は漁業会と呼んでいた)。
この山本さんがやったこととして…
その当時、田老には3つの集落があった。 摂待、田老、乙部。
その三つの集落それぞれで漁師さん達が団体を作っていた。
しかし、田老が復活するためには、三つがバラバラでやっていてはダメだろうということで一つにまとめた。
「連帯と団結」が田老の町、漁業組合のスローガン。
当時の漁業会は、とても封建的で、身分の上下があり、親方と子方、船主と普通の漁師には、厳しい上下関係があった。
そんなことでは、たくさん死んで、少なくなった漁民で、うまく行くはずはない、
みんな平等だ、仲良くしよう。
みんなで困ってたら分け与えながら、漁業をやっていこう。
そうやってやってきて今に至る田老になっている。
震災以降、岩手県では120ぐらいの漁港があり、宮城県では160ぐらいの漁港があったんだけれども…宮城県と岩手県は全く違う復活の方法を取った。
宮城県は「選択と集中」…160の漁港の中で40だけ復活させる。
外の業者を入れて…しかし、残念ながら上手くいっていない。 日本で一、二を争う、漁港、気仙沼・石巻でさえ、青息吐息の状態。
対して岩手県は全部の漁協を復活させる、ということでやってきた。 宮城県と対比した時、割と上手くいっている。
その中でも特に上手くいってる…目覚ましい復活をしている漁港が二つある。
それが、アワビ収穫一番の重茂漁港。 そして、もう一つが田老!
共通して言えるのは、重茂も田老も、漁協を中心に、平等と協働でやってきたことです。
選択と集中ではないのです。
この二つの漁協は、漁師さん復活の模範と希望になっている。
漁船は20ぐらいが残って、後は全部流されてしまった。
なので、組合が購入して、無料で580ぐらい漁師さん達に貸与した。後継者も、育ってます。
今、田老漁協の将来の問題は、鮭が心配されている。
震災の年、鮭の稚魚を放流できなかったため、去年鮭が遡上しないのではないか?と心配されていました。やはり遡上はしなかった…
でも、なぜか、湾内で大漁だったんです。近年にない豊漁。
残念ながら、なぜか遡上はしなかった。 地形の変化なのか? 水の匂いの変化なのか?
それは、分からないが、今年どうなるかは微妙。
もう一つが、ツアーのメインである「真崎ワカメ」の売り上げが落ちていること!
関西人はワカメと言えば「鳴門ワカメやんけ!真崎ワカメ知らんでぇ」となる訳ですが…
実は鳴門ワカメの種苗は真崎ワカメなんです。 田老産まれ、鳴門育ち!
そして、この田老ワカメは外洋で育てます。
田老という地域は珍しく、昆布は北のモノ。 田老の辺りが南限になります。
ワカメは南のモノ。 田老の辺りが北限になります。
つまり、田老の辺りは昆布とワカメが両方獲れる珍しい漁場。
また、外洋で育てるので、三陸の荒波に揉まれているので、肉厚でとても美味しい。
ところが…残念なことに価格はドンドン下がっていく。
売れない。
大きな理由の一つはデフレ、円安。安い海外産がどんどん入ってきて、一般消費者は「ワカメって、このぐらいのねだんやね」ととても安い価格が常識化して、高級ワカメは、「高級」ではなく、「高い」ということになる。価格低下圧力が高いです。
もう一つが…「風評被害」
東北と聞いただけで、東北の食べ物を敬遠していく傾向がある。
福島第一原発と東京の距離と、福島第一原発と田老の距離を比べてください。
田老は福島第一原発からの距離は、東京と福島第一原発の距離に比べて3倍ほど離れている。
田老が危ないと言うなら、東京はもっと危ないということになる。
今回のツアー(ツアー参加者、広義では全員…意識のある人、関心のある人)でやることは、風評被害の払拭。
3月8日に田老町漁協は決起大会をしました。
震災以降初めてです。今年こそ正念場!
ワカメが売れるかどうか?
アワビが復活するかどうか?
税金の問題もあります。先ほどの船の貸与を言いました。一人一人が購入したとして、一隻100数十万円で、動産としての税金がかかりません。控除される限度内なんです。しかし、田老町漁協では、震災のダメージのある一人一人に、負担をかけれないと、500数十隻を漁協で購入して、それを組合員に貸与しているんです。だから、動産税がかかってくる。今は、震災特例措置で減免されていますが、来年から全額かかってくるんです。
ワカメはみんなで作る、共同で…5~6人の班に分かれて。
ワカメは夜中に収穫、朝港に持ち込み、ボイル、塩漬け、選別と作業が続いていきます。
今回のツアーでお手伝いすること…塩漬け以降の選別作業。
その間、漁師さんが眠れる(収穫期は漁師さんが漁の後の作業もやらなければいけないから)。
なので、お試しでちょっとやってくださいというレベルではなく、漁師さんに代わる実働部隊です。
田老はみんな仲良く平等といいました、どのように平等かというと、ワカメのメカブってありますよね。 まあ言えば、ワカメの種です。メカブは漁師さんが天然の漁場から獲ってくる。
このメカブの良い漁場を知ってる漁師さんがおられる。 これは絶対に教えない(漁場)!
漁師さんの腕、技量の見せ所です。腕の良い漁師さんは、良質のメカブをいっぱい獲ってくる。でも、そこからが団結と協働です。
それを、みんなの「共有」にするんです。
やっぱり、あの爺ちゃんは良いとこ知ってるなぁ…と、その誇りだけを得て、
あとは「みんなのモノ」。
これが「団結と共同」
宮城県の「選択と集中」は残念ながらキツいことになっているが…
田老と重茂は「団結と共同」で復活した。
そうそう、45号線が先週(ツアー日が28日)新しくなった。
山側に高盛道路になって、1m数十cm高くなって、海側に平行して旧45号線が走っている。途中で、今や行き止まりです。
残念ながら新しい道路には信号機がない。品薄のため(東京オリンピックの影響も)、信号機が間に合わないのです。 高台に逃げれるように整備されていた十字の道路だったんですが、残念ながら新しい45号線の高盛の築堤が、遮ってしまったんです。このことにより、逃げれなくなってしまった。
それから、破壊されなかった旧防潮堤の上に、とってつけたように、白いコンクリの70センチほどの壁がある。これは何かというと、地震で70センチ土地が下がったから、その下がった部分の堤防を嵩上げしとこう、っていうんです。お役所仕事!
そのコンクリートで嵩上げして覆ったものの元には何があったか?
昭和大津波で亡くなった方、全員の数の墓標があったのです。
それを、行政は何も考えずにコンクリートで覆ってしまったのです。
途中で気づいて、十個ぐらい墓標は残っている。
堤防を見るだけで、行政のあり方も見て頂けると思います。
それから、田老町漁協では高さ20メートルぐらいの、製氷機を再建しています。
青砂利の丘の下にあります。
その製氷機に黄色い印がある。 その黄色い印の一番下が、昭和大津波が来た高さ。
二番目が明治大津波が来た高さ。
一番上が今回の津波で来た高さです。
小堀内では、39メートル以上でした。

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撮影:友岡さん

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2015年3月13日 (金)

赤穂温泉「銀波荘」2015

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龍野で素麺食べてから走りました

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貸切り状態は嬉しいのです

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背中部分にも湯が流れてて心地良いnote

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いつもはスルーしてるサウナにも入って見たり

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海と一体化する露天だけが温泉なんですよspa

含弱放射能-カルシウム・ナトリウム、塩化物強塩低温泉

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露天から見た内湯・・・これ白湯ですから(笑)

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結構なガツンなので何時も人は少ない露天ですな

実に温まる湯でして湯上がりは半端なく汗かきますsweat01

ちなみに

銀波荘さん「露天風呂付き客室」の湯も白湯だとのこと

実に不思議な宿ではある・・・

立ち寄り湯で十分でしょ なんせ湯代は高めなのですよyen

大人1,700円
小学生850円
幼児500円
2才以下無料

赤穂温泉「銀波荘」

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